50歳からの人生

日本人女性の「謙遜の美徳」これからの時代の真の美徳は、幸せ言葉と「自分らしさ」で生きること

日本人の遺伝子的なネガティブ思考を意識で変換


人間は、感情で自分の今の気持ちに気づくことが出来ます

プラスの感情があればマイナスの感情がある
マイナス感情になりやすいのは、日本人は、そもそもDNAがネガティブがちな民族だそうで、そのせいかもしれません。遺伝子的にセロトニン(幸せホルモン)が少量タイプであり、普通に生活していたらネガティブ思考になりやすいのです。

今までの時代、教育、社会では平均的なものを求められ、出来る部分より出来ない部分にフォーカスが当たっていた。その中で出来る人は凄い、出来ない自分「私なんて。。。」

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日本人に多い謙遜とは?

エネルギー的にも似て非なる「謙遜」と「謙虚」の違い


謙虚と謙遜って、一見似ているけど違う!漢字って調べると面白いですね
ここはビジネスの場であるような社交辞令の会話でない場合ですが、

人から褒められた時、エネルギーから見て全然違う!と気づきます


謙遜とは、自分をへりくだることで、自分の能力やその価値を下げている行為。相手の方が凄いと相手を立てる行為でもありますが、相手を立てると自分を下げる両方あります。

この謙遜では、相手から褒められた時に
「凄いですね!」 → 「そんな事はないです、私なんて。。。」

自分に向けられたプラスのエネルギーを、相手にマイナスエネルギーで跳ね返し、自分自身も下げて自分にマイナスエネルギーを向けている状態
褒めた方も受けとめてもらえないし、自分も下げるし双方に全く良い面がなく、マイナスエネルギー空間が広がっているでしょう。

対して、

謙虚は、控えめながら相手から向けられた評価をそのまま受け入れ、意見も素直に受け入れる行為。自分の能力やその価値を下げているわけではありません(謙遜との大きな違い)

「謙虚な人」といいますが、相手から褒められたら「 ありがとうございます。」と言えるような心の状態の人ですね。

相手からのそのプラスのエネルギーに対して、受けとめ感謝のプラスのエネルギーを返し、自分自身にもプラスのエネルギーを向け、今よりも精進しているイメージでしょうか


謙遜でなく謙虚であることで

自分から発するのはプラスのエネルギー
プラスのエネルギーに、プラスのエネルギーを返す 

相手も嬉しい、私も嬉しい、プラス感情

セロトニン(幸せホルモン)は、いくらでも広がっていくのです

日本人女性の「謙遜の美徳」の意味は、本当に美徳なのか?

日本人には、「謙遜の美徳」という考え方がありますよね。その名の通り、美徳という字は徳、美しい行為の意。ではあるけれど、上記のエネルギー的に見ても、自分の価値を下げる行為は波動を下げるだけで、これからの時代の女性には、もっとプラスに目を向ける必要があります。

本心から「素敵ですね!」と思って言っても、

「いいえそんな。。。」と、本当に思っていなさそうな、マイナスエネルギーで返す女性が少なくありません。
「ありがとうございます」で、謙虚に受け止める女性よりも、謙遜の女性の方が多い

その原因は?

控えめな日本人女性が、自分らしさで輝くことが「美徳」


いつの間にかついてしまった価値観による思い込み

自分の自信のなさ
自分の価値をわかっていない

謙遜の美徳の前に、自分の素晴らしさや価値に気づいていない

そんな女性が少なくない気がします。

出来る人が凄い、出来ない人は劣っている、そんな事はありません。人に優劣はなく、あの凄い人にも出来ない部分があります。誰にでも輝くものを持っている。年齢も自分で作ったた思い込み、自分で作る制限や、思い込みはネガティブ思考になるだけです。もうその引き寄せは止めましょう

本当の自分らしさが出てくると自分に自信を持ちはじめ、ダメだなと思う部分含めて愛しくなる、自己受容も出来てきます。日本文化にある謙遜の美徳、時代は変わりゆく中、女性が他人と比べたりせず、自分らしくいるだけで自信を持ち輝いている、一輪の花のように。
それが本来の控えめで奥ゆかしい日本人女性の美徳ではないでしょうか。

不要な思いを手放していく

自分には価値がある

どんな自分も自分

私は私でいい

他人よりも自分の気持ちに目を向ける

自分を信じる気持ち

そして

幸せホルモン(セロトニン)感謝の言葉

褒められたら素直に「ありがとう」でいい

何かをしてもらったとき「ありがとう

見えないエネルギーで温かさを感じたときに「ありがとう

ただただ、存在してくれていることに「ありがとう


あらためて「 ありがとう 」って響き、素敵な日本語ですね